2026年5月17日 昇天主日
- 明裕 橘内
- 5月17日
- 読了時間: 3分
更新日:5月17日
聖書交読 使徒1章3~11節(新約p213)
司)1:3 イエスは苦難を受けた後、御自分が生きていることを、数多くの証拠をもって使徒たちに示し、四十日にわたって彼らに現れ、神の国について話された。
会)1:4 そして、彼らと食事を共にしていたとき、こう命じられた。「エルサレムを離れず、前にわたしから聞いた、父の約束されたものを待ちなさい。
司)1:5 ヨハネは水で洗礼を授けたが、あなたがたは間もなく聖霊による洗礼を授けられるからである。」
会)1:6 さて、使徒たちは集まって、「主よ、イスラエルのために国を建て直してくださるのは、この時ですか」と尋ねた。
司)1:7 イエスは言われた。「父が御自分の権威をもってお定めになった時や時期は、あなたがたの知るところではない。
会)1:8 あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。そして、エルサレムばかりでなく、ユダヤとサマリアの全土で、また、地の果てに至るまで、わたしの証人となる。」
司)1:9 こう話し終わると、イエスは彼らが見ているうちに天に上げられたが、雲に覆われて彼らの目から見えなくなった。
会)1:10 イエスが離れ去って行かれるとき、彼らは天を見つめていた。すると、白い服を着た二人の人がそばに立って、
全)1:11 言った。「ガリラヤの人たち、なぜ天を見上げて立っているのか。あなたがたから離れて天に上げられたイエスは、天に行かれるのをあなたがたが見たのと同じ有様で、またおいでになる。」
聖書朗読 マタイ5章13~16 節(新約p6)
5:13 「あなたがたは地の塩である。だが、塩に塩気がなくなれば、その塩は何によって塩味が付けられよう。もはや、何の役にも立たず、外に投げ捨てられ、人々に踏みつけられるだけである。
5:14 あなたがたは世の光である。山の上にある町は、隠れることができない。
5:15 また、ともし火をともして升の下に置く者はいない。燭台の上に置く。そうすれば、家の中のものすべてを照らすのである。
5:16 そのように、あなたがたの光を人々の前に輝かしなさい。人々が、あなたがたの立派な行いを見て、あなたがたの天の父をあがめるようになるためである。」
☆本日は、午前の御影も午後の園田も、ときわ台キリスト教会牧師である中島光男先生の説教です。先生の説教の要約を掲載します。
説教 「キリスト者の理想」
主の私たちへの期待は明確で、地の塩、世の光としての働きです。私たちには厳しい言葉として聞こえますが、主は無責任に言われたのではありません。植村正久は「身を十字架に殺さるるまで人を愛せしキリストを似て生活の理想とす」と述べています。主は私たちの罪と弱さを担い、その裁きを身に引き受け、十字架に死に、甦りをもって私たちを救い、聖霊を下さり、新しく造り変えて下さいました。そして今、既にあなた方は地の塩、世の光だと言われています。自分に対する見方を私たちは変えなければなりません。では今、その理想の姿を求めて信仰に燃えているのかと問われています。その主の理想を忘れない、そこに創立を祝う意味があるように思います。その理想に私たちは生きるのだ。パウロはそれに関連して「塩で味付けされた快い言葉」(コロサイ4.6)と言います。その塩気とは主の恵みの言葉、自分の言葉の中に恵みの言葉が含まれているのか、その問いから塩として光としての歩みが始まります。




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