昨年からアップするようになって、今回でちょうど一年、12回!今回は『列王記下』です。
【列王記下について】
・列王記上と同様に、分裂した北イスラエル王国と南のユダ王国のそれぞれの王の治世が交互に描かれている。北イスラエル王国はBC722年と南のユダ王国はBC586年に滅亡し、バビロン捕囚となる。
・ヨシヤ王(列王記下22~23章)以前の歴代の王の悪を示し(列王記下23:25)、神に立ち帰らなければならないことを教えた。
・イスラエルとユダの300年にわたる歴代の王たちの歴史が示されている。
・~の行った他の事績は『イスラエルの王の歴代誌』に記されている。(1:18)などの定形の表現がある。
【列王記下のあらすじ】
*預言者エリヤとエリシャ
1章 エリヤが告げた主の言葉通りに、アハズヤ王は死んで、弟のヨラムが王となった(17)。
2章 主が嵐を起こしてエリヤを天に上げられた(1)。エリヤの霊の二つの分(長男の特権)を受け継ぐ(後継者)を願ったエリシャ(9)が、他の預言者にも認められた(15)。
3章 アハブの子ヨラムがイスラエルの王となり、12年間王位にあった(1)。イスラエル、ユダ、エドムの王が、モアブと戦うために手を結んだ。エリシャは主からの指示を与えた。
4章 一人の預言者の妻をエリシャは奇跡によって助けた(1)。一人の婦人の息子の命をよみがえらせた(37)。エリシャは神の人と呼ばれていた(40)。
5章 アラムの王の軍の司令官ナアマンは重い皮膚病(1)であったが、エリシャの言葉どおりに行い、癒された(14)。職務上、偶像にひれ伏す時は赦してくださいと願い、「安心して行きなさい」と言われた(19)。
6章 アラム軍が攻めてくることをエリシャが警告したので、イエラエルの王は警戒することが何度もあった(10)。
7章 エリシャの預言どおり、アラム軍の攻撃からサマリアの町は守られた。
8章 エリシャの預言どおり、ハザエルがアラムの王となった(15)。ヨシャファトの子ヨラムがユダの王となった。8年間王位にあった(17)。ヨラムの子が王となり、1年間王位にあった。
9章 エリシャはヨシャファトの子イエフをイスラエルの王とした。イエフはヨラム王に謀反を起こした(14)。イエフは邪悪なユダのアハブ王や王妃イゼベル(33)を撃った。
*イスラエルの最後の日々
10章 イエフは主がエリヤにお告げになった言葉のとおり、アハブの家の者を全滅させた(17)。イエフはイスラエルからバアルを滅ぼし去った(28)。このころから、主はイスラエルを衰退に向かわせられた(32)。イエフがイスラエルの王位にあったのは28年間であった(36)。
11章 アハズヤ王の母アタルヤが国を支配していた6年間、アハズヤの子ヨアシュは主の神殿に隠れていた(3)。アタルヤが殺された後、町は平穏であった(20)。
12章 ヨアシュは王となり、40年間エルサレムで王位にあった(2)。アラムの王が攻め上ってきたので、ヨアシュは主の神殿と王宮にあるすべての金を差し出した(19)。
13章 イエフの子ヨアハズがイスラエルの王となり、17年間王位にあった(1)。ヨアハズの子ヨアシュがイスラエルの王となり、16年間王位にあった(10)。エリシャは病を患って(14)死んだ(20)。ヨアシュは父ヨアハズの手から奪い取られた町々をアラムの王から取り返した(25)。
14章 ユダの王ヨアシュの子アマツヤが王となり(1)、29年間王位にあった。アマツヤはイスラエルの王ヨアシュを挑発したが(8)、ユダはイスラエルに惨敗した(12)。イスラエルの王ヨアシュの子ヤロブアムが41年間王位にあった(23)。
15章 ユダの王アマツヤの子アザルヤが王となり(1)、52年間王位にあった。ヤロブアムの子ゼカルヤがイスラエルの王となり(8)、6カ月間王位にあった。シャルムが謀反を起こし、ゼカルヤを打ち殺した(10)。シャルムが王となり、1カ月間王位にあった(13)。メナヘムがシャルムを打ち殺した(14)。メナヘムがイスラエルの王となり、10年間王位にあった(17)。メナヘムの子ペカフヤがイスラエルの王となり、2年間王位にあった(23)。ペカがペカフヤを打ち殺した(25)。ペカがイスラエルの王となり、20年間王位にあった(27)。ホシェアはペカを打ち殺した(30)。ユダヤの王ウジヤの子ヨタムが王となり(32)、18年間王位にあった。そのころから、主はアラムの王とイエラエルの王にユダを攻めさせられた(37)。
16章 ユダの王ヨタムの子アハズが王となり(1)、16年間王位にあった。アハズはアッシリアの王に「立ち向かってくるアラムの王とイスラエルの王から救い出してください」と願った(7)。
17章 ホシェアがイスラエルの王となり(1)、9年間王位にあった。アッシリアの王はサマリヤを占領し、イスラエルの人々をアッシリアに連れて行った(6)【バビロン捕囚】。このようになったのは、イスラエルの人々が他の神々を敬ったから(7)。アッシリアの王はバビロンなどの人々を連れて来て、サマリヤに移り住まわせた(24)。
*ユダの最後の日々
18章 ユダの王アハズの子ヒゼキヤが王となり(1)、29年間王位にあった。ヒゼキヤはイスラエルの神に依り頼み、ユダのすべての王の中でヒゼキヤのような王はいなかった(5)。アッシリアの王がユダの町を占領した(13)。アッシリアの王は「主はエルサレムを救い出さない」と民に語った。
19章 ヒゼキヤ王は預言者イザヤ(2)に相談すると、イザヤは「アッシリアの王は倒される」と預言した。主の御使いが現れ、アッシリアの陣営で18万5千人を撃った(35)。アッシリアの王は殺された(37)。
20章 ヒゼキヤは死の病にかかった(1)。イザヤに語られたとおり、主はヒゼキヤの祈りを聞き、寿命を15年延ばされた(6)。ヒゼキヤがバビロンの王に王宮にある財宝をことごとく見せたというと、イザヤはバビロンの王に持ち去られると預言した(18)。
21章 マナセは55年間エルサレムで王であった(1)。マナセは忌むべき事を行ったので(11)、すべての敵の餌食となる(14)と、預言者たちを通して主は告げられた(10)。マナセの子アモンが2年間エルサレムで王位にあった(19)。家臣が謀反を起こした(24)。
22章 アモンの子ヨシアはエルサレムで31年間王位にあった(1)。ヨシアは主の神殿を修理させた。そのとき大祭司ヒルキヤは律法の書を見つけた(8)。「先祖がこの書に従わなかったので主の怒りは激しい。」(13)とヨシアは嘆き悲しんだ。
23章 ヨシアはユダの人々をすべて集め、主の神殿で見つかった契約の書を読み聞かせた(2)。ユダの人々は、主の戒めを守ると誓った(3)。ヨシアはあらゆる偶像を打ち壊した。ヨシアのようにモーセの律法に従って、主に立ち帰った王は前にも後にもいなかった(25)。しかし、主は言われた「イエスラエルを退けたようにユダもわたしの前から退ける」(27)。ヨシア王はエジプトの王に攻撃された(29)。ヨアハズは王となり、3カ月間王位にあった(31)。エジプトの王はエルヤキムを父ヨシアの代わりに王とし、名をヨヤキムと改めさせた(34)。ヨアキムは11年間王位にあった(36)。
24章 バビロンの王が攻め上って来た(1)。主はユダの王ヨヤキムに対してカルデア人、アラム人、モアブ人、アンモン人の部隊を遣わされた。主は預言者たちによってお告げになった主の言葉のとおり、ユダを滅ぼすために彼らを差し向けられた(2)。ヨヤキンの母や高官など捕囚として連れ去られ(12,14)、主の神殿の宝物も運び出された(13)。ゼデキヤは11年間エルサレムで王位にあった(18)。
25章 バビロンの王はユダのゼデキヤ王をバビロンに連れて行った(7)。主の神殿、王宮、エルサレムの家屋は焼き払われた(9)。ユダの王ヨヤキンが捕囚になって37年目、バビロンの王はヨヤキンを出獄させ(27)、高い位を与えた(28)。
【質疑応答】
①3:11「エリヤの手に水を注いでいた」とはどういうこと? エリヤが手を洗う時、エリシャが水を注いでいたという意味で、忠実にそば近くに仕えていたということを表現している。
②6:27 酒ぶねとは何? ぶどう酒の貯蔵庫
③今回の列王記下は特に、同じ名前だが違う王がよくでてきたイメージがある。 この時代の名前にはあまりバリエーションが無かったのか?
現代の日本が世界で2番目に名字が多いと言われているので(1番はアメリカ)、重複してしまうのでしょう。 ④良い王として書かれている人物でも、ヤロブアムの悪い慣習は断ち切れなかった。それほど根付いていたということか?
インターネットなどが発達していない時代だったので、外国の情報を得ること困難だからこそ、何かに頼りたい気持ち(宗教心)が強い、根付いていたと考えられるでしょう。
【参加者の感想】
・教会学校でも聞いたことがあるナアマン将軍の話の部分は、知っている話だったので、読みやすかった。
・同じような名前の王様が出てきて、さらに北イスラエルと南ユダの歴史が入れ替わり記述されているので、読み進めるのに時間がかかった。
・間違った神様を信じてしまうことで、国自体が滅んでしまう方向に向かってしまう歴史を読み、旧約聖書での神様は優しい面より厳しい面が強く示されていると感じた。
Comments