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教会の仲間の声 「オーロラ」

執筆者の写真: 明裕 橘内明裕 橘内

 10月にオーロラを見に出かけた。幸いにもレベル5と4のオーロラを見ることができた。月のない真夜中、明かりのない山中の暗闇でオーロラの出現を待つことしばし、東の方にうっすらとカスミのような白いものが現われ、徐々に濃くなりながら高くなっていく。それが白いカーテンのようなものに変り、二筋、三筋と分かれ、ゆらゆらとこちらに動いてくる。やがて、真上で光のカーテンが渦を巻き、絡まるように激しく動き出し、一体化して夜空一杯に広がっていく。その向こうには満天の星が輝いている。時間にして30分くらいだろうか。音もなく、かつ圧倒的な迫力で迫ってきて、感動して見とれている間に元の暗闇に戻ってしまった。その後は静かな淡い光が残っている。肉眼では白いカスミのようにしか見えないが、最新のスマホで写真にとると濃い赤と緑と薄いピンクに色づいている。実物を見る前は、色鮮やかなオーロラをイメージしていたのは高感度カメラで写した画像を見ていたからであった。


 この体験、感動をキリスト教信仰に結びつけて考えてみた。オーロラは太陽からの磁気を帯びた素粒子が地球の磁気と大気に作用して起こる現象(プラズマ発光)であり、常に起こっている。しかし、太陽や月や街の光のある所では、それらの光に邪魔されて見えない。神の恵みもオーロラのように常にそこにあるが、それを見、体験するためにはふさわしい時にふさわしい場所に行かなければならない。それは、我々の人生では、人生の闇、絶望かもしれないし、己の心に暗黒の深淵を見る時かもしれない。また、我欲や思い煩いをすべて取り去った心の状態かもしれない。そのような時に、虚心に神の恵みの光を求め、それに触れられれば、強烈な体験となり、いつまでも心に残り、常にそこにあることがわかる。実際のオーロラと違って、極地まで行かなくても神の恵みの光は常に身近にある。その神の恵みの光は、肉の目には薄ぼんやりとしか見えないが、キリスト・イエスの言葉、聖書によって心の目の感度が上がると鮮やかに色づき、生き生きと躍動していることがわかる。(70代男性)

 
 
 

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