教会の仲間の声 「『メサイア』を聴いて」
2025年の9月に、Y兄から1通の招待状を頂きました。それは、10月4日土曜日、午後に開かれる第45回ベガメサイアへの招待でした。この演奏会は宝塚ベガ・ホールで毎年行われており、ヘンデルによる「メサイア」が全曲演奏されます。主催は、公益財団法人宝塚市文化財団、後援は宝塚市、宝塚教育委員会、日本ヘンデル協会となっています。私はヘンデルの「メサイア」というと、「ハレルヤコーラス」しか聴いたことがありません。この機会にぜひ一度、全曲を通して聞いてみたいという思いがありました。けれども、土曜日は祈祷会があります。橘内先生にご相談したところ、「救い主イエス様からの祝福溢れる時となりますように。」との許可を頂き、生まれて初めて「メサイア」の全曲生演奏を体験することになりました。
当日は、あいにく小雨が降るお天気でしたが、会場の入り口はすでに列ができ、多くの人達が開場を待っていました。45回目の定期演奏会という事で、皆様が楽しみにしていらっしゃる様子でした。この演奏会には、御影ルーテル教会員のF姉とY兄が合唱に参加され、特に音楽家のF姉は長年この演奏会のメンバーとお聞きし、お二人の合唱を見たり聴いたりできるのも楽しみでした。入場すると、私の席は中央から少し後ろ、列の中ほどにありました。手渡されたパンフレットを見ると、指揮は高曲伸和氏、演奏はテレマン室内オーケストラが入り、ソプラノ、アルト、テノール、バスを歌う声楽家たちの名前が並び、本格的な演奏会であることが分かります。コーラスは「ベガメサイアを唱う会」として、ベガ・ホールで「メサイア」を歌うために毎年集まり、演奏会が終われば翌年までお別れというユニークな合唱団の出演です。この合唱団にF姉やY兄が所属されていました。また、宝塚少年少女合唱団も参加する曲があり、幅広い年齢による充実した合唱となっていました。プログラムを見ると、第1部は【預言と降誕・良き羊飼い】、第2部は【受難・救い】、第3部は【復活と永遠の命】とあり、聖書に描かれた「メシア」そのものがテーマとなっています。
第1部はテノールのアリオーソ(小アリア)から始まりました。旧約聖書、新約聖書から引用された各曲の歌い出しが、プログラムに記載されています。「『慰めよ、わたしの民を慰めよ』とあなたたちの神は言われる。エルサレムの心に語りかけ彼女に呼びかけよ。苦役の時は今や満ち、彼女の咎は償われた、と。主のために荒れ野に道を備え、わたしたちの神のために、荒れ地に広い道を通せ」。イザヤ書40章1,2a, 3b節の御言葉です。テノールのアリア、続いて合唱が「主の栄光がこうして現れるのを、肉なる者は共に見る。主の口がこう宣言される(イザヤ40:5)」と賛美します。合唱団の後列に、堂々と歌われるF姉とY兄の顔が見えました。女性は白いブラウスと黒のロングスカート、男性は黒いスーツ姿でとてもスマートです。バスのアコンパニアート(オーケストラ付き詠唱)、アルトのアリアがあり、再び合唱です。「ひとりのみどりごがわたしたちのために生まれた。ひとりの男の子が私たちに与えられた。権威が彼の肩にある。その名は『驚くべき指導者、力ある神、永遠の父、平和の君』と唱えられる(イザヤ9:5)」。もし日本語で歌われていたなら、メシアが旧約聖書にどのように預言されていたのかが、とてもよく分かったでしょう。次々と歌われる歌手の方々の賛美に圧倒されているうちに、第一部が終わり、休憩をはさんで第2部となりました。
第2部は、【受難と救い】でした。「見よ、世の罪を取り除く神の子羊だ(ヨハネ1:29b)」という合唱から始まります。第2部は「苦難の僕」としてこの世に来られたメシアについて、歌われます。「彼は軽蔑され、人々に見捨てられ、多くの痛みを負い、病を知っている。彼は私たちに顔を隠し、私たちは彼を軽蔑し、無視していた。彼が担ったのはわたしたちの病、彼が負ったのはわたしたちの痛みであったのに。わたしたちは思っていた、神の手にかかり、打たれたから彼は苦しんでいるのだ、と。彼が刺し貫かれたのはわたしたちの背きのためであり、彼が打ち砕かれたのは、わたしたちの咎のためであった。彼の受けた懲らしめによってわたしたちに平和が与えられ、彼の受けた傷によって、私たちはいやされた(イザヤ53:3-5)」。
メシアであるイエス様はご自分を救う一言の弁護もなく、すべての人に見捨てられ、ローマ帝国の残酷な極刑である十字架について下さいました。それは私という罪人を救うためでありました。ソプラノ歌手は卓越した技をもって朗々と歌います。「あなたはわたしの魂を陰府に渡すことなく、あなたの慈しみに生きる者に墓穴を見させず、命の道を教えて下さいます。わたしは御顔を仰いで満ち足り、喜び祝い、右の御手から永遠の喜びをいただきます(詩16:10,11)」。
第2部の最後に歌われたのは有名な「ハレルヤコーラス」です。1743年にロンドンで初演が行われた際、この「ハレルヤコーラス」があまりにも神々しく圧倒的であったため、聴いていたイギリス国王ジョージ2世が思わず立ち上がり、それに倣って観客も全員起立したと伝えられています。これが今日のコンサートで「ハレルヤ」の際に観客が起立する伝統の由来となったそうです。その歌詞は、「ハレルヤ(神をたたえよ)!全能者であり、わたしたちの神である主が王となられた。この世の王国は我らの主とそのメシアのものとなった。王は世々限りなく統治される。『王の王、主の主』。ハレルヤ!(黙示録19:6b,16一部,11:15)」であり、第2部の終わりにふさわしい圧巻の演奏となりました。
続く第3部は【復活と永遠の命】です。ソプラノの美しいアリアから始まりました。「わたしは知っている。私を贖う方は生きておられ、ついには塵の上に立たれるであろう。この皮膚が損なわれようとも、この身をもってわたしは神を仰ぎ見るであろう(ヨブ19:25,26)」。合唱も「復活といのち」を賛美します。「死が一人の人によって来たのだから、死者の復活も一人の人によって来るのです。つまり、アダムによってすべての人が死ぬことになったように、キリストによってすべての人が生かされることになるのです(Ⅰコリント15:21,22)」。そしてバス、アルト、テノールの各歌手が復活の素晴らしさを賛美し、最後に出演者が揃って、壮大な「アーメンコーラス」を合唱します。「屠られた小羊は、力、富、知恵、威力、誉れ、栄光、そして賛美を受けるにふさわしい方です。」、「玉座に座っておられる方と小羊とに、賛美、誉れ、栄光、そして権力が、世々限りなくありますように」、「アーメン」(黙示録5:12b,13b,14一部)。その歌声はこの世のものではなく、天国で飛び交うセラフィムたちの賛美を聴いているかのように、私には思えました。
ヘンデルは精神的・経済的なスランプや健康上の危機等、人生のどん底にあった1741年8月から9月にかけて、わずか3~4週間という驚異的なスピードで、「メサイア」を一気に書き上げたそうです。作曲中、ヘンデルは涙を流しながら「私は天国そのもの、そして偉大なる神ご自身を見た気がする」と言ったという逸話が伝えられています。それは「メサイア」を全曲聴いた私自身の感想でもありました。
今年、御影ルーテル教会は創立70周年を迎えます。11月23日の記念礼拝では、教会聖歌隊と有志の方々で「ハレルヤコーラス」を賛美する予定です。今回、私は「メサイア」を聴く側から歌う側になります。歌唱力はベガメサイアで歌われた方々の足元にも及びませんが、私も心を込めてメシアであるイエス様を賛美したいと願っています。「メサイア」を全曲通して視聴するという貴重な機会が与えられたことを、Y兄、橘内先生、そして偉大な音楽家ヘンデルに心から感謝申し上げます。
2026.9.10 下山富美子

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