女性牧師からの「聖書のことば」2026年9月10日
ヨナ書の不思議
旧約聖書は創世記で始まり、イスラエルの民の歴史、そして詩編や箴言があり、終わりの三分の一は、十数人の預言者の書(イザヤ書やエレミヤ書など)という構成になっています。
その中で、「ヨナ書」の預言者ヨナは、際立っている預言者と言えます。
預言者イザヤもエレミヤも、神様からの語りかけを受けて、イスラエルの民に神様に立ち帰るように語るのですが、ヨナは敵国アッシリアへ行って、神様に立ち帰るように呼びかけよと言われます。ヨナは強力な敵国は滅びるほうがいいと思ったので、逃げ出してしまいました。預言者の中で、敵国へ行くよう言われることも、また逃げ出すとことも、他にはありません。
実は、ヨナには原語において「鳩」という意味があり、「鳩」には「嘆く者」という意味があるそうです。神様に対して、「嘆く者」という名前はピッタリで、「生きているよりも死ぬ方がましです」(4章3節、8節)、「怒りのあまり死にたいくらいです。」(4章 9節)と嘆いています。どうして、このような人物を神様は預言者として選ばれたのかと思いますが、ヨナは神様のご性質をよくわかっていました。
【彼(ヨナ)は、主に訴えた。「ああ、主よ、わたしがまだ国にいましたとき、言ったとおりではありませんか。だから、わたしは先にタルシシュに向かって逃げたのです。わたしには、こうなることが分かっていました。あなたは、恵みと憐れみの神であり、忍耐深く、慈しみに富み、災いをくだそうとしても思い直される方です。(4章2節)】
最後の4章まで読むと、ヨナが逃げた理由も、主なる神様が忍耐深く、敵国の災いにくだすことさえ、思い直される、柔軟なお方であるとヨナが信頼していることもよくわかります。
イエス様の弟子たちが、従順に十字架のイエス様に従っていけなかったことによって、いかにイエス様は神様に従順に従っていかれたがよく理解できるようになります。それと同じように、ヨナが嘆いたり、怒ったりする姿を読むことによって、かえって神様の寛容さ、慈しみ深さ、柔軟性が際立っていきます。
「ヨナが三日三晩、大魚の腹の中にいたように、人の子も三日三晩、大地の中にいることになる」(マタイによる福音書12章40節)と、イエス様が復活について語られた時に、ヨナに言及しておられます。
ヨナ書は4章ですし、おとぎ話のようですので、簡単に読める書とも言えます。
1章では異邦人が従順に神に従うのに、イスラエルの預言者ヨナの方が神様の使命から逃げたり、2章では大魚に飲み込まれて神様に立ち帰り、3章では敵国アッシリアが悔い改め、4章ではヨナが神様に怒ったりと、不思議な物語でありながら、異邦人が神様に立ち帰ることを願われていることを深く知ることができます。旧約聖書おいてはイスラエルの神様であったお方が、新約聖書においては、イエス様の十字架によって、すべての人に救いを与えてくださる神様になられた、この不思議な展開は、神様の悲願であったと、ヨナ書を通して知ることができます。
ヨナ書の不思議さを楽しんでいただけたら、また聖書の世界が広がるかと思います。
みことばを読むことを通して、神様の恵みと慈しみが注がれますようにお祈りしています。
(きつない・れいこ)




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