「新約聖書の学び」第9回 マタイによる福音書10章
- 明裕 橘内
- 3 日前
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今回は、今年4月19日に開催された第9回の「新約聖書の学び」の内容をご紹介します。担当は橘内玲子牧師です。
【マタイによる福音書9章を振り返って】
マタイによる福音書9章の最後では、十二使徒の派遣の動機が描かれている。イエス様はあらゆる町や村を回って、会堂で教え、御国の福音を宣べ伝え、病気をいやされた。また、群衆が飼い主のいない羊のように弱り果て、打ちひしがれているのを見て、深く憐れまれた(9:36)。
そこで、弟子たちに言われた。「収穫は多いが、働き手が少ない。だから、収穫のために働き手を送ってくださるように、収穫の主に願いなさい。」(9:38)というイエス様の言葉で終わっている。この祈りによって、十二使徒を選び、派遣される様子が、続く10章で描かれている。
【マタイによる福音書10章】
十二人を選ぶ(1~4節)
・イエス様は十二人の弟子を選び、汚れた霊を追い出す権能をお授けになり、十二使徒として遣わされた。「使徒」とは、特定の使命のために職権をゆだねられて遣わされた者という意味。
ペトロとその兄弟アンデレ、ヤコブとその兄弟ヨハネ、
フィリポ、バルトロマイ(別名はナタナエルと考えられている。ヨハネ1:45~)、トマス、
徴税人マタイ、アルファイの子ヤコブ、タダイ、
熱心党のシモン、イスカリオテのユダ
「徴税人」は、ローマ帝国のために税金を徴収していたので、ユダヤ人から嫌われていた。
「熱心党」は、ローマ帝国に抵抗して武力で戦ったグループ。
イエス様は対極にある「徴税人」と「熱心党」を選んでおられる。
また、イエス様を裏切ったイスカリオテのユダまでも、選び、その名前が記されている。
十二人を派遣する(5~15節)
・イエス様は、以下のように使徒に命じられた。
*イスラエルの人々に「天の国は近づいた」と宣べ伝えなさい。
*病人をいやし、死者を生き返らせ、悪霊を追い出しなさい。
*旅のための持ち物は持参しなくてもよい。神様が養ってくださるので。
*使徒たちの言葉を聞こうとしない者がいたら、その家や町から出て行きなさい。
そのような人々は神様が裁かれる。
迫害を予告する(16~25節)
・使徒たちは狼の中にいる羊のように無力な者たちであるので、「蛇のように賢く、鳩のように素直になりなさい」とイエス様は言われた。危険を素早く察知する賢さと、遣わした方への信頼があるゆえの素直さが必要であると考えられる。
・総督や王の前に引き出されたときは、神様の霊が語るべきことを教えてくださる。
すべての人々に嫌われるが、最後まで耐え忍ぶ者は救われる。
迫害されたときは、他の町に逃げなさい。
・「ベルゼブル」はカナン人が神としていた「バアル・ゼブブ」に由来し、ユダヤ人の間で悪霊のかしらを意味する名称となっていた。イエス様さえベルゼブルと呼ばれ非難されていたので、 使徒たちも非難を受けることが予想された。
恐るべき者(26~31節)
・「体は殺すことができても、魂を殺すことのできない人間を恐れる必要はない。魂も体も滅ぼすことのできる神様を恐れなさい。神様は私たちの髪の毛の本数まで把握しておられるお方である。一羽の雀さえ心配してくださる神様が、雀よりもはるかにまさっている使徒たちを覚えていてくださる」とイエス様は言われた。
イエスの仲間であると言い表す(32~33節)
・人々の前でイエス様の仲間であると言い表す者を、神様の御前でイエス様の仲間であると、イエス様は言ってくださる。
平和ではなく剣を(34~39節)
・使徒の働きは対立や反発、時には肉親の敵意さえ招くことを覚悟しなけれなばならなかった。
・「自分の命を得ようとする者は、それを失い、イエス様のために命を失う者は、かえって命を得るのである」と、自分自身に固執する必要はないと、イエス様は教えてくださった。
受け入れる人の報い(10章40~42節)
・「イエス様の弟子だという理由で、小さな者一人に、冷たい水一杯でも飲ませてくれる人は、必ず祝福を受ける」と最後に言われ、イエス様は十二使徒を派遣された。そして、イエス様も方々の町で、教え、宣教された(マタイによる福音書11:1)。
【感想】
・徴税人と熱心党という表現が、単なる弟子の紹介としてしか読んでいなかったが、ローマ帝国に対しての立ち位置として考えると対極関係にあるというのは新たな気づきだった。
・弟子たちが宣教に出る中で、迫害に遭うことも想定しておられ、その際にあくまでも立ち向かい続けるのではなく、他の町へ逃げなさいと言ってくださっていることで、宣教に出る弟子も少し安心して出発できたのはないかと思った。




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