「新約聖書の学び」第7回 マタイによる福音書8章
- 明裕 橘内
- 2 時間前
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今月は、今年2月に行われた新約聖書の学びの第7回目、マタイによる福音書8章の学びをご紹介します(担当:橘内玲子牧師)。
【マタイによる福音書8章の前後】
・マタイによる福音書5~7章は、山上の垂訓と言われて有名であり、7章は、以下の言葉で終わっている。イエス様は権威ある者として、お教えになられた。
〇7章 28~29節
【イエスがこれらの言葉を語り終えられると、群衆はその教えに非常に驚いた。
彼らの律法学者のようにではなく、権威ある者としてお教えになったからである。】
・そして8章では、イエス様は多くの人々をいやし、嵐を静め、悪霊に取りつかれた人々をいやされたが、律法学者や異邦の地の人々からは、イエス様の言動に対して反感を持たれていた。
・8~9章は、以下の言葉で、まとめられている。
〇9章 35節
【イエスは町や村を残らず回って、会堂で教え、御国の福音を宣べ伝え、ありとあらゆる病気や患いをいやされた。】
【マタイによる福音書8章の内容】
「重い皮膚病を患っている人を癒す(1~4節)
・「重い皮膚病」は、いくつかの異なる種類の皮膚病をを示す(レビ記13章)。
・重い皮膚病の人が回復した時には、祭司に見せて、「癒された。清い。」と宣言されなければならなかった。その後にユダヤ人社会の中で普通の生活を再開することができた。モーセが定めた供え物は子羊とオリーブオイルを混ぜた小麦粉であった(レビ記14章)。
・イエス様が重い皮膚病の人に触れられたことは、律法によると、イエス様は「不浄、清くない」者になられたということになる。イエス様はご自分を犠牲にして、癒しを行われた。
「百人隊長の僕をいやす」(5~13節)
・「カファルナウム」は、ガリラヤ湖の北岸にある漁業の町で、エジプトとシリアを結ぶ主要な貿易ルート上にあった。
・「百人隊長」は、約100人のローマ兵を訓練し、指揮していた。ローマ兵は命令に忠実で、戦いにおいて死ぬ覚悟ができていた。
・この百人隊長は、イエス様の言葉に対する絶対的な信頼があった。この百人隊長の信頼は、選民イスラエルに期待されていた信仰であったと考えられる。百人隊長と同じ信仰の人たち(異邦人でありながらイエス様を信頼している人たち)が、選民イスラエルに約束された天の御国の祝宴に集うことができると、イエス様は言われた。選民イスラエルだけでなく、あらゆる国でイエス様を信じる人々を、神様が呼び集めるという終末の出来事を示している。
・「あなたの信じたとおりになるように」とイエス様は言われて、その部下の病は癒された。
「多くの病人をいやす」(14~17節)
・イエス様が最初に選んだ弟子であるペトロのしゅうとめの熱をイエス様は癒された。しゅうとめは癒されると、すぐにイエス様をもてなし、仕えた。
・イエス様は悪霊に取りつかれた人々の悪霊を追い出し、病気の人々をすべて癒された。
・イザヤ書53章4節が実現した。
〇イザヤ書53章 4節
【彼が担ったのはわたしたちの病/彼が負ったのはわたしたちの痛みであったのに/わたしたちは思っていた/神の手にかかり、打たれたから/彼は苦しんでいるのだ、と。】
「弟子の覚悟」(18~22節)
・律法学者は旧約聖書を研究し、解釈して民衆に教える教師であった。イエス様の時代には、人々に厳しく律法を守ることを強調したので、人々に愛の実践を行われたイエス様とは真っ向から対立した。「人の子」とはイエス様のことであり、イエス様は率直に御国の福音を語られたので、「枕する所もない」と言われたように、良い待遇は受けておられなかった。
・「父の葬りに行く」とは、断る時の大義名分として使われた可能性もある。
「嵐を静める」(23~27節)
・ガリラヤ湖はヨルダン川の北部にあり、山々に囲まれているため、しばしば嵐が突然、吹き荒れる現象が起こった。
・イエス様は自然現象も、支配することがおできになった。
「悪霊に取りつかれたガダラの人をいやす」(28~33節)
・ガダラはガリラヤ湖の南にあった町であり、住民のほとんどはギリシア人であった。
・律法によれば、豚は不浄な動物と見なされていた。豚の大群がガダラ近くにいたことから、ここはユダヤ人がほとんど住まない、異邦人の地域であったと考えられる。
・悪霊によって豚の群れがみな崖をくだって湖の中になだれ込んだことを聞くと、ガダラの人々はイエス様にこの町から出て行ってもらいたいと言った。悪霊に取りつかれた人が回復した喜びよりも、経済的な損失が大きいと考えた。
*マタイによる福音書8章では、イエス様は多くの人々をいやし、嵐を静め、悪霊に取りつかれた人々をいやされたことを知ることができる。しかし、律法学者や異邦の地の人々からは、イエス様の言動に対して反感を持たれてしまった。
【感想】
・8章では多くの奇跡が紹介されているが、単に奇跡がすごいというだけでなく、その奇跡を行うことで何を伝えようとされていたのかを知ることが大事なんだと分かった。
・皮膚病や豚などに対する考え方について、当時のユダヤ人の考え方を知っていると聖書の内容がより深く理解できたので、そのような内容を解説してもらえる機会がありよかった。




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