2025年3月16日 四旬節第二主日
聖書交読 詩編27編(旧約p857)
司) 27:1 【ダビデの詩。】主はわたしの光、わたしの救い/わたしは誰を恐れよう。主はわたしの命の砦/わたしは誰の前におののくことがあろう。
会) 27:2 さいなむ者が迫り/わたしの肉を食い尽くそうとするが/わたしを苦しめるその敵こそ、かえって/よろめき倒れるであろう。
司) 27:3 彼らがわたしに対して陣を敷いても/わたしの心は恐れない。わたしに向かって戦いを挑んで来ても/わたしには確信がある。
会) 27:4 ひとつのことを主に願い、それだけを求めよう。命のある限り、主の家に宿り/主を仰ぎ望んで喜びを得/その宮で朝を迎えることを。
司) 27:5 災いの日には必ず、主はわたしを仮庵にひそませ/幕屋の奥深くに隠してくださる。岩の上に立たせ
会) 27:6 群がる敵の上に頭を高く上げさせてくださる。わたしは主の幕屋でいけにえをささげ、歓声をあげ/主に向かって賛美の歌をうたう。
司) 27:7 主よ、呼び求めるわたしの声を聞き/憐れんで、わたしに答えてください。
会) 27:8 心よ、主はお前に言われる/「わたしの顔を尋ね求めよ」と。主よ、わたしは御顔を尋ね求めます。
司) 27:9 御顔を隠すことなく、怒ることなく/あなたの僕を退けないでください。あなたはわたしの助け。救いの神よ、わたしを離れないでください/見捨てないでください。
会) 27:10 父母はわたしを見捨てようとも/主は必ず、わたしを引き寄せてくださいます。
司) 27:11 主よ、あなたの道を示し/平らな道に導いてください。わたしを陥れようとする者がいるのです。
会) 27:12 貪欲な敵にわたしを渡さないでください。偽りの証人、不法を言い広める者が/わたしに逆らって立ちました。
司) 27:13 わたしは信じます/命あるものの地で主の恵みを見ることを。
全) 27:14 主を待ち望め/雄々しくあれ、心を強くせよ。主を待ち望め。
聖書朗読 ルカ13章31~35節(新約p136)
13:31 ちょうどそのとき、ファリサイ派の人々が何人か近寄って来て、イエスに言った。「ここを立ち去ってください。ヘロデがあなたを殺そうとしています。」
13:32 イエスは言われた。「行って、あの狐に、『今日も明日も、悪霊を追い出し、病気をいやし、三日目にすべてを終える』とわたしが言ったと伝えなさい。
13:33 だが、わたしは今日も明日も、その次の日も自分の道を進まねばならない。預言者がエルサレム以外の所で死ぬことは、ありえないからだ。
13:34 エルサレム、エルサレム、預言者たちを殺し、自分に遣わされた人々を石で打ち殺す者よ、めん鳥が雛を羽の下に集めるように、わたしはお前の子らを何度集めようとしたことか。だが、お前たちは応じようとしなかった。
13:35 見よ、お前たちの家は見捨てられる。言っておくが、お前たちは、『主の名によって来られる方に、祝福があるように』と言う時が来るまで、決してわたしを見ることがない。」
☆本日は、橘内玲子牧師の説教です。説教要旨を掲載します。
本日の説教より 「翼の中にかばう愛」
今日も明日もイエス様はエルサレムへの苦難の道を進んで行こうとしておられました。天に上げられる時期が近づくと、エルサレムに向かう決意を固められた(ルカ9:51)からです。十字架の死と復活と昇天はひとつながりの出来事なのです。
イエス様の時代においては、罪の赦しを得るには毎年エルサレムの「神殿」で犠牲をささげることが慣習となっていましたが、罪の赦しは「イエス様」がすでに成し遂げてくださったという方向転換がなされました(ルカ24:47)。イエス様の十字架によって、罪の赦し、永遠の贖いが成し遂げられた(ヘブライ9:12)ことによって、こんなことをしてしまったという反省から、神の赦しを受ける感謝へと変えられていくのです。
「めん鳥が雛を羽の下に集めるように」(ルカ13:34)、卵を産み育て、危険な時には羽の下に集めて守るめん鳥、父なる神様がめん鳥にたとえられているのが、興味深いところですが、罪をかばってくださる神様なのです。大切な一人子であるイエス様を十字架にかけてまでも、大きな犠牲を払ってまでも、私たちの罪の赦しを成し遂げてくださった主なる神様の愛に感謝しつつ、今週も歩んで参りましょう。
報告
・本日は、玲子牧師の説教でした。橘内師は三田フェローシップキリスト教会でのご奉仕です。礼拝後は、青年会主催の聖書研究会で、「中間時代」の学びです。玲子牧師の担当です。

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