top of page

2025年1月1日 元旦礼拝 主の命名日

  • 執筆者の写真: 明裕 橘内
    明裕 橘内
  • 1月1日
  • 読了時間: 8分

2025年1月1日 元旦礼拝 主の命名日 

聖書交読 民数記6章22~27節(旧約p221)

司) 6:22 主はモーセに仰せになった。

会) 6:23 アロンとその子らに言いなさい。あなたたちはイスラエルの人々を祝福して、次のように言いなさい。

司) 6:24 主があなたを祝福し、あなたを守られるように。

会) 6:25 主が御顔を向けてあなたを照らし/あなたに恵みを与えられるように。

司) 6:26 主が御顔をあなたに向けて/あなたに平安を賜るように。

全) 6:27 彼らがわたしの名をイスラエルの人々の上に置くとき、わたしは彼らを祝福するであろう。


聖書朗読 ルカ2章15~21節(新約p103)

2:15 天使たちが離れて天に去ったとき、羊飼いたちは、「さあ、ベツレヘムへ行こう。主が知らせてくださったその出来事を見ようではないか」と話し合った。

 2:16 そして急いで行って、マリアとヨセフ、また飼い葉桶に寝かせてある乳飲み子を探し当てた。

 2:17 その光景を見て、羊飼いたちは、この幼子について天使が話してくれたことを人々に知らせた。

 2:18 聞いた者は皆、羊飼いたちの話を不思議に思った。

 2:19 しかし、マリアはこれらの出来事をすべて心に納めて、思い巡らしていた。

 2:20 羊飼いたちは、見聞きしたことがすべて天使の話したとおりだったので、神をあがめ、賛美しながら帰って行った。

 2:21 八日たって割礼の日を迎えたとき、幼子はイエスと名付けられた。これは、胎内に宿る前に天使から示された名である。


説教 「神を賛美する一年」


私たちの父なる神と主イエス・キリストから、

恵みと平安があなたがたにありますように。アーメン


主の新年、あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。本日は元旦礼拝ではありますが、まだ教会の中はクリスマスの飾りつけのままになっています。と言いますのも、教会の暦ではまだクリスマスシーズンで、1月6日が主の顕現日、エピファニーとも呼ばれる日で、その日まではクリスマスシーズンということになります。本日は主の命名日と言われます。12月25日、クリスマスからちょうど一週間。その日も含めてちょうど八日目で、その日に救い主は「イエス」という名を付けられた、ということなのです。


イエス様の命名のエピソードの前に、まず、本日の聖書箇所に登場する羊飼いの姿を見ていきましょう。この羊飼いたちは、天使から救い主誕生の知らせを聞いていました。ある日、彼らは野宿をしながら、世通り羊の群れの番をしていました。それは過酷な労働でした。それだけでなく、当時大事とされていた、ユダヤ人の安息日の礼拝に出ることができませんでした。安息日は、現在の金曜日の日没から土曜の日没までで、その日に礼拝することになっていました。しかし、彼らの仕事と言えば、野宿をして夜通し羊の群れの番をしなければならなかったのです。それでは、安息日の礼拝に出られるはずがありません。それは仕方がなかったことなのに、そしてなくてはならない仕事であったにもかかわらず、礼拝に出ることができないということで、ユダヤ人にさげすまれていました。ユダヤ人の家の床は何枚も敷いた羊の毛のじゅうたんだったというのですから、羊はなくてはならない動物で、そのお世話をする羊飼いの仕事は重要だったわけです。それなのに、礼拝に出られない、ということだけで、裁判で証言が認められない、というぐらい、軽んじられていました。


そのような彼らにこそ、天使は現れて、救い主誕生の知らせを告げてくださったのです。そのことばはこうです。「恐れるな。わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる。今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。これがあなたがたへのしるしである」(ルカ2章10~12節)。


大事な仕事をしているにもかかわらずさげすまれていた羊飼いたち。彼らのことを思って、彼らこそ良い知らせを聞かなければならないと、天使は彼らに現れ、素晴らしい喜びの知らせを告げたのです。


ここで私たちは、今年一年を生きる私たちへの大きな慰めと励ましをいただきます。私たちのこの一年、必ずしも私たちのしていることが認められ、称賛されるとは限りません。大事なことをしているのです。そのはずです。それなのに、認められない、感謝されない。そのようなジレンマの中で、じりじりとしながら過ごすことも、もしかしてあるかもしれない。しかし、神様の御心は、そのように生きてきた羊飼いに、救い主誕生の素晴らしい知らせを告げることでした。それでしたら、今も同じような葛藤を経験するかもしれない私たちに、同じように接してくださるはずです。私たちもまた、たとえ誰にも認められなくても、感謝されなくても、神様は私たちに素晴らしい良い知らせを告げてくださり、慰め、励ましてくださるのです。この一年、そのことに希望を見出して、過ごしていきましょう。


さて、救い主誕生の知らせを聞いたこの羊飼いたちが、そのままその場所にとどまっているなどということはありえませんでした。「さあ、ベツレヘムへ行こう。主が知らせてくださったその出来事を見ようではないか」という声には、明るいトーンがあります。それまで希望もないまま暗闇にいた彼らに、希望の光が差したのです。聞いたことがその通りか、ぜひ見に行きたい。その心には喜びがあり、わくわくしながら、仲間の羊飼いに呼びかけました。もしかして人生で初めて、前向きな気持ちになったのかもしれません。それまでは、「ああしたい、こうしたい」というのもなく、ただただ「また野宿か」と思いながら、仕方なく夜通し羊の番をする、ということだったかもしれない。それが、救い主誕生の知らせを受けてからは、自分から「見に行きたい!」と、意欲を持って行動を起こしたのです。これは彼らにとって、大きな変化でした。


私たちも、この「さあ、ベツレヘムへ行こう」という羊飼いたちの呼びかけにならいたいものです。無理強いされて、「ベツレヘムに行かなければならない」と言ったのではありません。心に喜びがあるので、自然に「行こうよ!」と呼びかけて、一歩踏み出したのです。私たちも、良い知らせ、すなわち福音の喜びに押し出されて、ごく自然に、「さあ、イエス様のもとに行こう!」「礼拝に行こう!」「教会に行こう!」と周りの人に呼びかけることができたら、どんなに素晴らしいでしょうか。


このところを読んでいて素晴らしいと思いますのは、救い主としてお生まれになった乳飲み子を捜そうとしている羊飼いに、ちゃんとヒントが与えられていることです。先ほどご紹介しましたように、天使は彼らに、「あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう」とまで告げていてくれたのです。だから、彼らは迷いませんでした。神様が、彼らに救い主としてお生まれになった乳飲み子を見つけてほしいと、本気で思っておられたことがよくわかります。これこそ、神様の慈しみとまことです。神様は真実な方ですから、現代に生きる私たちにも、救い主イエス様に出会うことができるように、様々な導きを与えてくださいます。この新しい年2025年は、その神様の導きを受けて、私たちが救い主に出会う年です。そして、それによって恵みに満ち溢れる年なのです。


16節にある、「急いで行って」というところに、羊飼いたちの喜びがよく表れています。そして、神様が与えていてくださったヒントによって、彼らは無事救い主である乳飲み子を見つけることができました。17節によると、彼らは乳飲み子の周りにいた人々に、天使が告げたことを話して聞かせました。しかし、「聞いた者は皆、羊飼いたちの話を不思議に思った」(18節)というぐらいの反応しか、得られませんでした。19節で「しかし、マリアはこれらの出来事をすべて心に納めて、思い巡らしていた」、というのが、せめてもの慰め、というところでしょう。


それでも、「羊飼いたちは、見聞きしたことがすべて天使の話したとおりだったので、神をあがめ、賛美しながら帰って行った」(20節)とありますように、あまり反応がなくても、くじけません。羊飼いたちは、乳飲み子だったイエス様を探し当て、喜んで、神様を賛美し、道を帰っていきました。私たちも、神様から与えられたこの新しい年である2025年、喜びにあふれて、神様を賛美する一年にしていただけたら幸いです。


私たちの喜びの基は、救い主イエス様です。この「イエス」という名前ですが、まだ生まれる前に、天使に示された名前でした。生まれてから八日目に、乳飲み子に名前を付ける、という段になって、救い主の地上での両親は、天使に告げられたとおり、生まれてきた乳飲み子に「イエス」という名前を付けました。その名前の意味は「主は救い」です。救い主の名前が、「主は救い」であること、これは神様の導きとしか思えません。その名の通り、イエス様は私たちに尊い救いをもたらしてくださったのです。だからこそ私たちは喜んで、神様を賛美するのです。


お祈りしましょう。

天の父なる神様。

私たちにこのように新しい年を与えてくださり、感謝します。

何の希望もなく生きてもおかしくない私たちに、あなたは救い主をお与えくださり、希望をいただいて生きることができるようにしてくださいました。しかも、その私たちの救い主は、そのお名前が「主は救い」という、素晴らしいお名前を持ち、その名の通り、私たちに尊い救いを与えてくださいました。それによって、私たちは暗闇から救い出され、大いなる光のもとに導かれ、喜びの中に生きるようになりました。まことに感謝します。どうか今年こそ、人々を悲しませる災害も、戦争もなく、平和のうちに、喜びと賛美の中で過ごすことができますように。私たちの一年が、神様を賛美することで埋め尽くされますように、どうか導いてください。

イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン


報告

・本日は元旦礼拝でした。今年最初の主日礼拝は、1月5日午前10時半からです。昼食会があり、フェローシップMLCの交わりがあり、役員会も開催されます。









Comments


御影ルーテル教会

658-0047 神戸市東灘区御影3-10-5

tel: 0788420446

©2022 by 御影ルーテル教会  Wix.com で作成されました。

bottom of page