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執筆者の写真明裕 橘内

2022年6月5日 聖霊降臨祭/ペンテコステ礼拝

司)1:世界中は同じ言葉を使って、同じように話していた。

会)2:東の方から移動してきた人々は、シンアルの地に平野を見つけ、そこに住み着いた。

司)3:彼らは、「れんがを作り、それをよく焼こう」と話し合った。石の代わりにれんがを、しっくいの代わりにアスファルトを用いた。

会)4:彼らは、「さあ、天まで届く塔のある町を建て、有名になろう。そして、全地に散らされることのないようにしよう」と言った。

司)5:主は降って来て、人の子らが建てた、塔のあるこの町を見て、

会)6:言われた。「彼らは一つの民で、皆一つの言葉を話しているから、このようなことをし始めたのだ。これでは、彼らが何を企てても、妨げることはできない。

司)7:我々は降って行って、直ちに彼らの言葉を混乱させ、互いの言葉が聞き分けられぬようにしてしまおう。」

8:主は彼らをそこから全地に散らされたので、彼らはこの町の建設をやめた。

全)9:こういうわけで、この町の名はバベルと呼ばれた。主がそこで全地の言葉を混乱(バラル)させ、また、主がそこから彼らを全地に散らされたからである。



1:五旬祭の日が来て、一同が一つになって集まっていると、

2:突然、激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ、彼らが座っていた家中に響いた。

3:そして、炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまった。

4:すると、一同は聖霊に満たされ、“霊”が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだした。

5:さて、エルサレムには天下のあらゆる国から帰って来た、信心深いユダヤ人が住んでいたが、

6:この物音に大勢の人が集まって来た。そして、だれもかれも、自分の故郷の言葉が話されているのを聞いて、あっけにとられてしまった。

7:人々は驚き怪しんで言った。「話をしているこの人たちは、皆ガリラヤの人ではないか。

8:どうしてわたしたちは、めいめいが生まれた故郷の言葉を聞くのだろうか。

9:わたしたちの中には、パルティア、メディア、エラムからの者がおり、また、メソポタミア、ユダヤ、カパドキア、ポントス、アジア、

10:フリギア、パンフィリア、エジプト、キレネに接するリビア地方などに住む者もいる。また、ローマから来て滞在中の者、

11:ユダヤ人もいれば、ユダヤ教への改宗者もおり、クレタ、アラビアから来た者もいるのに、彼らがわたしたちの言葉で神の偉大な業を語っているのを聞こうとは。」

12:人々は皆驚き、とまどい、「いったい、これはどういうことなのか」と互いに言った。

13:しかし、「あの人たちは、新しいぶどう酒に酔っているのだ」と言って、あざける者もいた。

14:すると、ペトロは十一人と共に立って、声を張り上げ、話し始めた。「ユダヤの方々、またエルサレムに住むすべての人たち、知っていただきたいことがあります。わたしの言葉に耳を傾けてください。

15:今は朝の九時ですから、この人たちは、あなたがたが考えているように、酒に酔っているのではありません。

16:そうではなく、これこそ預言者ヨエルを通して言われていたことなのです。

17:『神は言われる。終わりの時に、/わたしの霊をすべての人に注ぐ。すると、あなたたちの息子と娘は預言し、/若者は幻を見、老人は夢を見る。

18:わたしの僕やはしためにも、/そのときには、わたしの霊を注ぐ。すると、彼らは預言する。

19:上では、天に不思議な業を、/下では、地に徴を示そう。血と火と立ちこめる煙が、それだ。

20:主の偉大な輝かしい日が来る前に、/太陽は暗くなり、/月は血のように赤くなる。

21:主の名を呼び求める者は皆、救われる。』


私たちの父なる神と主イエス・キリストから、

恵みと平安があなたがたにありますように。アーメン


昨年の週報を振り返ると、まだこの頃は緊急事態宣言下でした。感染拡大対策のため讃美歌の数も、歌う回数も減らし、聖歌隊の讃美もまだ再開されていなかった頃です。それから1年。礼拝の形もほぼ元の通りとなり、聖歌隊の讃美もあって、このみことばの時を迎えることが出来て感謝です。


先週、すべての救いのみわざを成し遂げられてイエス様が天に帰られたことをみことばから確認しました。それに続く主の日は、私たち人間のもとに聖霊が来て下さったことを祝う、聖霊降臨祭です。五旬祭というユダヤの祭りの日の出来事でした。五旬とは、少し前に経験した「四旬節」と似ており、「四旬」が40日なのであれば、「五旬」は50日、ということになります。では、ユダヤにおいてこれが何から数えて50日ということなのか、ということになると、それは大事な「過ぎ越しの祭り」です。彼らの祖先がエジプトでの苦役から輝かしくも救出された偉大な出来事から50日。民は神様からの十戒を受け入れて神様との契約関係に入りました。それを記念するのが、この五旬祭。もともとは小麦の収穫祭でもあったようです。この50をギリシア語で言うと「ペンテコステ」となり、私たちも使っているように、のちに聖霊降臨祭の別の呼び名となっていくのです。


本日の聖書箇所で描かれている五旬祭の日とそれまでの日々の決定的な違いは、この五旬祭の日には「激しい風が吹いてくるような音」が聞こえ、「炎のような舌が分かれ分かれに現れた」ことでした。まさに聖霊降臨の出来事です。いずれも「力強さ」あるいは「勢い」を表すような表現です。そこには、父なる神様も御子もどちらかと言うと父性だから、聖霊には母性を求めたい、という淡い願いは成り立ちません。私たちの期待をよそに、聖霊は独立して働かれ、この出来事の現場にいた人々を、「ほかの国々の言葉」で話すように変えていきます。


その話す内容は「神の偉大な業」であって、考え得るのは先ほど触れた出エジプトという救出の奇跡かイエス様の十字架/復活による救いの業、ということになります。この場合は、時期的にイエス様による救いの業、と考える方が自然でしょう。


それを多国語で話すことは、のちに成立していく初代のキリスト教会にとって良いスタートを切るための大きな後押しとなりました。この頃、弟子たちが宣教に向かおうとしていた地中海世界には、実に多くの言語がありました。ということは、言葉の違いによって意思の疎通が難しいことも考えられたのですが、時が来ていよいよ福音を伝えていこう、というその日に、多くの国の言葉で神様の御業を語ることが出来たので、幸先の良いスタートとなったわけです。


この後、14節以降になりますが、ヨエル書を用いたペトロの大説教もあって、大勢が弟子に加えられます。それはまさに、教会の誕生日とも言えるような出来事でした。


そのペトロの説教は、よく準備され、場が整えられての説教ではありませんでした。むしろ突発的なものでした。とても話せるとは思えない人々が、他国の言葉で語り出している。周囲の人々の中には、それを「ぶどう酒に酔っているのだ」と解釈して納得しようとする人々もいたのです。だからこそ、体験者による弁明が必要でした。そこで、ペトロが立ち上がったわけです。急場しのぎの弁明であったかもしれませんが、しかし、それが多くの人々の魂をとらえ、救いへと導くこととなったのです。


時々、大きな声で勢い良く、そして力強く説教がなされるようなとき、「炎のような説教」と言われることがあります。先月5月12日の、2年越しでようやく開催が実現した合同婦人会、第40回となる記念の会の説教は有賀喜一先生でした。最初に2曲賛美を歌って下さったり、女性をテーマにした説教であったりしたものの、時々、マイクがいらないのではないかと思うぐらいの元気なお声で、ずっと立ったまま御年89歳の有賀先生が滔々とお語りになるのも、ある意味で「炎のような説教」と評してよいのかもしれません。


同様に、この時のペトロの説教もまた、炎のような説教でした。何しろこの直前に「炎のような舌が分かれ分かれに現れ」、それが自分の上にとどまったのを経験したペトロです。その意味でも、その説教は「炎のような説教」でした。


そのような、炎の持つ「勢い」の面だけでなく、炎には「周囲を明るく照らす」という働きがあります。信仰に関しても同じで、それまでは暗く真理のわからぬ状態で、救いがあるのかどうか、あるいは自分にとってその救いというのが必要なのかどうかさえわからない、という状態だったのが、聖霊によって照らされ、救いというものは確かにあり、今の自分の状態はその救いを必要としている状態だ、ということがわかってくる、という大事な働きがあるのです。


そのように聖霊の照らしを受け、救いの必要を知って、主の御前に出て救われていく人が、少し後の箇所には、


「ペトロの言葉を受け入れた人々は洗礼を受け、その日に三千人ほどが仲間に加わった。」(使徒言行録/ 2章 41節)


とあり、牧師だけでなく、これをうらやましい、と思う人は多いことでしょう。これはペトロの力によってなされたことではなく、この日、「激しい風が吹いてくるような音」が聞こえ、「炎のような舌が分かれ分かれに現れた」、ということが大きくかかわっています。激しい風。旧約聖書では、「霊」ということばが「風」と訳される場合があります。この時の激しい風。それは聖霊の動きでした。ある意味でそれは「神の息吹」とも捉えられ、あのペンテコステの日、ペトロをはじめイエス様の弟子たちに直接神の息吹が注がれた、とも言うことが出来ます。そして、炎が現われ、すべての真理が照らされて明らかになる。これがあいまって大きな力となってペトロの説教を強め、それを聞く人々の魂を動かして信じるようにさせたのです。


そのほか、今回は週報の方に、ペンテコステの意味について、説明を加えております。旧約時代から主の霊の働きは記録されていましたが、限定的だったところ、このペンテコステにおいて聖霊が降り、すべての信仰者に、変わらずいつでもいつまでも、聖霊が働かれるようになりました。これが、「いつ聖霊が働かれるか」ということに関することです。


また、聖霊は私たちの傍らにいて助けて下さる方で、私たちがイエス様の御言葉を思い出して生きることが出来るようにしてくださいます。これが、聖霊がどこで、どのような働きをしてくださるか、ということです。入院しているあの方に、手紙を書こう。そのときに、何か聖書の言葉を書きたいが、ふさわしい言葉はないだろうか。そんなことを思っていると、ふとある御言葉が心に浮かんでくる。このように、何かの拍子にふと御言葉を思い出す時、それはまさに聖霊のお働きです。


そして、聖霊はみことばを通して働かれる方です。御言葉のある所に、聖霊の働きもまたあるのです。ですから、たとえそう感じなかったとしても、この説教の時間、私たちはともに聖書を開いているわけですから、聖霊の働きを受けているのです。なぜか聖霊の働きということについては、それを感じるかどうか、ということが問われることが多いです。しかし、イエス様の十字架の重要性や、その時のイエス様の痛みなどを感じなくても、私たちが救いをいただいているのと同じように、聖霊の働きを感じるとか感じないとか、そういったことに関係なく、私たちは聖霊の働きを受けているのです。


「激しい風、そして炎」。途絶えぬ紛争があり、未知のウイルスがあり、また突然病を抱えることもあるこの複雑で困難な人生を生き抜くために、希望ある明日を切り開くために、私に今日も、激しい風、すなわちすぐ近くにいて下さる神様からの息吹、聖霊の力強いお働きがあります。そして、炎に照らし出されて、本当の自分の姿が見るようになり、それによって救い主イエス様のもとに駆け込んで救われ、みことばの真理を照らし出していただいて、それによって勇気と力と知恵をいただいてこの人生の荒波、向かい風に向かっていける。そのような偉大なるペンテコステを、御言葉によって今、私たちは一緒に追体験しています。激しい風、そして炎の照らしを受けて、私の「使徒言行録」を生きていきましょう。


お祈りいたします。

御子を天に帰らせ、代わりに聖霊を降して下さった全能の父なる神様。

あなたの輝かしい御名を賛美します。

激しい風にもなぞらえられるあなたの息吹と、

真理を照らす炎によって、

あの五旬節の日に、

弟子たちを変えて下さり、

多くの国の言葉であなたの救いのみわざを賛美させ、

宣教に向かう力強い姿へと造り変えて下さったことを感謝します。

同じように、私たちをもその激しい風と炎によって強め、

真理に至らせてくださいます。感謝です。

どうか、傍らにいていつも強めてください。

私は弱いのです。

どうか、いつも照らしていて下さい。

この世は、あまりに暗いのです。

ペンテコステは、教会の誕生日とも言える日です。

創立60数年を数えるこの御影ルーテル教会も、

霊的な誕生日ということでは、このペンテコステが創立の日でもあります。

ますます宣教に向かう教会でありますように。

それを阻む世の力、悪の力を激しい風で追いやって下さり、

私たちがいつもあなたの送って下さる聖霊の働きによって助けを受け、

慰められ、真理を示されて、その道を進むことが出来ますように。

イエス様のお名前によって祈ります。

アーメン



《報告》

復活節が終わり、今日は聖霊降臨祭/ペンテコステを祝いました。

6月19日、音楽発表会が近づいてきています。開始は午後1時です。


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