2026年1月25日 顕現後第三主日
- 明裕 橘内
- 5 日前
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聖書交読 詩編67 編(旧約p899)
司)67:1 【指揮者によって。伴奏付き。賛歌。歌。】
会)67:2 神がわたしたちを憐れみ、祝福し/御顔の輝きを/わたしたちに向けてくださいますように〔セラ
司)67:3 あなたの道をこの地が知り/御救いをすべての民が知るために。
会)67:4 神よ、すべての民が/あなたに感謝をささげますように。すべての民が、こぞって/あなたに感謝をささげますように。
司)67:5 諸国の民が喜び祝い、喜び歌いますように/あなたがすべての民を公平に裁き/この地において諸国の民を導かれることを。〔セラ
会)67:6 神よ、すべての民が/あなたに感謝をささげますように。すべての民が、こぞって/あなたに感謝をささげますように。
司)67:7 大地は作物を実らせました。神、わたしたちの神が/わたしたちを祝福してくださいますように。
全)67:8 神がわたしたちを祝福してくださいますように。地の果てに至るまで/すべてのものが神を畏れ敬いますように。
聖書朗読 ガラテヤ1章11~24節(新約p342)
1:11 兄弟たち、あなたがたにはっきり言います。わたしが告げ知らせた福音は、人によるものではありません。
1:12 わたしはこの福音を人から受けたのでも教えられたのでもなく、イエス・キリストの啓示によって知らされたのです。
1:13 あなたがたは、わたしがかつてユダヤ教徒としてどのようにふるまっていたかを聞いています。わたしは、徹底的に神の教会を迫害し、滅ぼそうとしていました。
1:14 また、先祖からの伝承を守るのに人一倍熱心で、同胞の間では同じ年ごろの多くの者よりもユダヤ教に徹しようとしていました。
1:15 しかし、わたしを母の胎内にあるときから選び分け、恵みによって召し出してくださった神が、御心のままに、
1:16 御子をわたしに示して、その福音を異邦人に告げ知らせるようにされたとき、わたしは、すぐ血肉に相談するようなことはせず、
1:17 また、エルサレムに上って、わたしより先に使徒として召された人たちのもとに行くこともせず、アラビアに退いて、そこから再びダマスコに戻ったのでした。
1:18 それから三年後、ケファと知り合いになろうとしてエルサレムに上り、十五日間彼のもとに滞在しましたが、
1:19 ほかの使徒にはだれにも会わず、ただ主の兄弟ヤコブにだけ会いました。
1:20 わたしがこのように書いていることは、神の御前で断言しますが、うそをついているのではありません。
1:21 その後、わたしはシリアおよびキリキアの地方へ行きました。
1:22 キリストに結ばれているユダヤの諸教会の人々とは、顔見知りではありませんでした。
1:23 ただ彼らは、「かつて我々を迫害した者が、あの当時滅ぼそうとしていた信仰を、今は福音として告げ知らせている」と聞いて、
1:24 わたしのことで神をほめたたえておりました。
※本日は、馬渕主事の説教です。その要約を掲載します。
説教 「宣教の始まり-パウロの生き方に学ぶ」
パウロについて、私たちは彼の書いた手紙を読み、それによって多くのことを教えられ、信仰を育んできた方も多いのではないかと思います。今朝は、視点を少し変えて、彼の生涯の歩みについて可能な範囲で確認をして、そこから学んでみたいと願っています。
まずパウロの生い立ちについてです。彼はユダヤ人でしたが、イスラエルから遠く離れたタルソスの生まれでした。離散したユダヤ人だったのです。それが、彼をして律法により忠実で厳格な態度へと導き、イエス様の福音によって救われると説くキリスト者はとんでもない者たちと考え、彼らを取り締まり迫害したのです。しかし、主にお出会いしてからのパウロは180度生き方が変わりました。「目からうろこが落ちた」と、聖書はその劇的な回心を描いています。
回心以降のパウロは、凄まじいばかりの宣教活動を展開していくことは、皆さんもご存知のとおりですが、今朝は、その中で2つのことに注目したいと思います。第一は、パウロは回心の後に、すぐに宣教活動に入ったのではなく、3年もの間、静かにリトリート(退修)したということです。その静かな期間の意味を私たちは覚えたいと思います。第二には、パウロは、それまでの宣教を超えて、異邦人に福音を伝えるという大転換をもたらしたことです。それは、十二弟子の筆頭であったペテロに異議を申し立ててでも、パウロが推し進めたことでありました。そのパウロの宣教の結果、ユダヤ人以外の人たち、ひいては現在の私たちにも福音が伝えられていることを思う時、私たちはパウロが主によって導かれ、遣わされた宣教者であることを覚えて、深く感謝するのです。
今風に言えば、コテコテのユダヤ人だったパウロが、異邦人のために生き抜き、「力は弱さにおいて完全になる」と記した彼の生涯に、私たちは改めて教えられたいと思わされます。
報告
・本日の説教は馬渕主事です。橘内師は三田でのご奉仕です。午後には三浦綾子読書会があります。





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