みぃちゃんと学ぶキリスト教 第55回「AI時代を生き抜くために」
教会に顔を出したみぃちゃんの顔は、何となくいつもより元気がないようです。
牧師先生:みぃちゃん、こんにちは。何となく元気がないようだけど。
みぃちゃん:あ、先生、こんにちは。今、いろいろと進路を考えてるんだけど、ときどきSNSで、「将来AIによってなくなる仕事」とか見ると、頑張って勉強して、大学行って・・・でも、就職がないとか、なんかそんなこと考えちゃって。ちょっと不安になっているって言うか・・・。
牧師先生:あ~、そういうの、ときどき見るよね。なんか、焦っちゃうけど。でも、これからどんどんAIが発達していったとしても、それでも「人間ならでは」ということで、残る仕事って、あると思うよ。だから、今心配して、進路のこと諦めたりしたら、勿体ないと思うな~。
みぃちゃん:でも~、AIって、何でもできるでしょう?人間いらないくらい。
牧師先生:なるほどね。ただ、神様は、「何ができるか」だけでは判断しない。人間の存在そのものを、大事にしてくださるんだよ。悩んでいる友だちがいて、その人のために、そばにいてあげたいと思ったり、お祈りしたいと思ったりするのは、やはり人間だよね。AIは、お祈りの言葉を作れるかもしれないし、音声でそれを読み上げることができるかもしれないけど、本当の意味で「お祈りする」ってことは、できないんじゃないかな。
みぃちゃん:なるほど、そう思うと、ちょっとほっとする。
牧師先生:よかった。聖書にはね、何と神様が、人間を「ご自身のかたちとして創造された」(創世記1章27節、新改訳2017)と書いてあるんだ。人間が、神様に造られた存在なんだ、ということだけでも何だかうれしいけど、それだけじゃなくて、神様のかたちに、っていうことは、神様に似せて造られた、と思うと、もっとうれしいよね。人間は、とっても価値ある存在なんだよ。
みぃちゃん:今日、それを聞けて良かった~。なんか、人間で良かった、と思う~。
牧師先生:それは何より。いくらAIが発達しても、みぃちゃんはみぃちゃん。自分らしい、自分にしかできない生き方、進路を、一緒に探していこうよ。
みぃちゃん:ありがとうございます!ほっとしました。
そう言い残して、みぃちゃんはさわやかな笑顔を残して、教会をあとにしたのでした。




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