みぃちゃんと学ぶキリスト教 第49回「どんな準備が必要なの?」
- 明裕 橘内
- 3 日前
- 読了時間: 3分
四旬節のとある日曜日の午後。みぃちゃんは春の暖かな日差しのもとにたたずんでいます。
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牧師先生:何か質問がありそうな顔だね~。
みぃちゃん:まあ、ちょっとね~。前にも、四旬節のことで、教えてもらったことあるけど、やっぱり「四旬節だから、受難のイエス様のために何かしなきゃ」って感じがしてしまって・・・。どうしたらいいんでしょう。
牧師先生:そうだね~。ルーテル教会だと、「何もしなくていい」って言われがちだけど、それはそれで、難しいよね。「何かしなきゃ」と思う気持ちは、よくわかる。
みぃちゃん:「イエス様のことを考えて、断食しなさい」とかだったら、わかりやすいんだけど・・・。
牧師先生:そうなんだよね~。そこが難しいところで。目先を変えて、ルターの小教理の、聖餐式についてのところに何て書いてあるか、ちょっと思い出してみようよ。
みぃちゃん:小教理?聖餐式?
牧師先生:そう。聖餐式についての最後の質問は、こんな感じだった。「それでは誰がこのような聖餐にあずかることができるのでしょうか」。聖餐式のための準備についての質問、と言い換えてもいいと思うね。みぃちゃん、ちょっと答えのところ、読んでみてくれる?
みぃちゃん:は~い。えーっと、「答え もちろん、断食やそのほかの物理的な準備というのは、 体にとってすばらしい訓練となるでしょう。しかし、『あなたたちのために与えられる』および『あなたたちの罪を赦すために流される』という言葉を信じる人なら誰でも、 聖餐にあずかる十分な資格があり、準備ができているのです。 しかしながら、これらの言葉を疑ったり信じなかったりする人は聖餐にあずかる資格がないのであり、 準備ができていないのです。 なぜなら『あなたたちのために』という言葉は、 完全に信ずる心を求めるからです」ってとこですか?結構長いですね~。
牧師先生:まあ、そうだね~。ここにも、「断食」が出て来るね。四旬節の過ごし方だけでなく、聖餐式の準備にも、断食は候補に挙がって来たんだね。人間はそのように考えがちなんだろうな。でも、ルターはそれよりも、「御言葉を信じること」、すなわち聖書に書かれていることを信じることの方を優先させた。その方が、ずっと大事な、聖餐式のための準備だと考えたんだ。これは、四旬節の過ごし方にもつながると思うよ。ある意味で、大事なイースター、復活祭を迎えるために良い準備をしていこう、というのが四旬節の意味のひとつだと思うんだけど、その間、断食やほかの物理的な準備もいいかもしれないけれども、いちばん大事なのは、十字架でイエス様がおからだを裂かれ、血を流されたのは、私たちの罪の赦しのためだった、という御言葉を信じることなんだよ。
みぃちゃん:それは、どこに書いてありますか?
牧師先生:とってもいい質問だね。小教理にも、そのように、「聖書のどこに書いてあるか」ということを問う質問があるよ。例えば、イエス様は主の晩餐で、ぶどう酒の杯を取りながら、「皆、この杯から飲みなさい。これは、罪が赦されるように、多くの人のために流されるわたしの血、契約の血である」っておっしゃっているよ。マタイによる福音書の26章27,28節を読んでみよう。
みぃちゃん:なるほど~、四旬節と聖餐式のつながり、目が開かれました~。だから聖金曜日にある受苦日礼拝には聖餐式があるんですね。そういえば、今年の受苦日礼拝はいつですか?
牧師先生:今年は4月5日がイースターだから、受苦日は4月3日だよ。夜7時からで、みぃちゃんの言う通り、聖餐式もあるからね。
みぃちゃん:必ず来ます~。
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疑問が解決したみぃちゃんは、そう言い残して、颯爽と教会をあとにしたのでした。




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