top of page
執筆者の写真明裕 橘内

続・毎日の黙想「コロナの時代を生きる」2022年3月29日(火)

【本日のみことば】

9:ヨハネの黙示録/ 19章 09節

それから天使はわたしに、「書き記せ。小羊の婚宴に招かれている者たちは幸いだ」と言い、また、「これは、神の真実の言葉である」とも言った。


聖書は「幸いの書」とも言うべき、「幸い」という言葉に満ちた書です。有名なのは、


「いかに幸いなことか/神に逆らう者の計らいに従って歩まず/罪ある者の道にとどまらず/傲慢な者と共に座らず

主の教えを愛し/その教えを昼も夜も口ずさむ人」(詩編1編1~2節)


という御言葉でしょう。


それに比べ、本日開いている黙示録の箇所の幸いは、いかにもささやかな幸いのように見えます。なぜ、「小羊の婚宴」なのか。偉大なる神の開かれる祝宴ではないのか。もしもローマ当局にこの言葉が知られたとしても、たいして気にも留められない表現だったのではないでしょうか。


しかし、その意味を知っている人からすると、これは大いなる喜びへの招きの言葉でした。自分たちのために、屠られる小羊のようにただ黙々と十字架にかかって下さったイエス様。この方の偉大なる婚宴に招かれる幸い。それは、何にも勝る幸いだったのです。


そして、その喜びは、神様によって「これは、神の真実の言葉である」とお墨付きをいただけるような、確かな土台を持つもので、迫害であろうと何であろうと、信じる者からそれを奪い取ることは出来ませんでした。今私たちは、自分で思い通りにいかない世の中で、何ともままならない人生を送っている面がありますが、だからと言ってそれによって押しつぶされて消されてしまう喜びではありません。もう一度、私たちのための小羊である御子の婚宴に招かれている幸いに目を向けたいものです。それは何物にも代えがたいものであるはずだからです。


閲覧数:18回0件のコメント

最新記事

すべて表示

Comments


bottom of page