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「新約聖書の学び」第2回 マタイによる福音書3章

  • 執筆者の写真: 明裕 橘内
    明裕 橘内
  • 2025年11月27日
  • 読了時間: 5分

新約聖書の学びの第二回目、マタイによる福音書3章の学びをご紹介します(担当:橘内玲子)


【マタイによる福音書3章】

・旧約聖書と新約聖書の架け橋となっているマタイによる福音書は、ユダヤ人に向けて書かれているが、異邦人の救いについても語られている。

・1章、2章に続き、預言の成就(実現)が示されている。

・マタイによる福音書3章では、イエス様の洗礼の出来事が書かれている。

 父なる神、子なる神、聖霊なる神があらわれてくださった。

 

【3章】ヨハネからの洗礼を受けられるイエス様

≪1~12節 洗礼者ヨハネ≫

・祭司ザカリヤとエリサベツ(イエス様の母マリアの親類、ルカ1:36)の息子

・神様からの預言者と認められ、「イエス様に先立ってその道を整え、罪の赦しによる救いを知らせる人物となる」と預言されていた(ルカ1:76~77)。

・イスラエルの民の前に現れるまで、荒野にいた(ルカ1:80)。

・「悔い改めよ。天の国は近づいた」と、宣べ伝えた(マタイ3:2)。

 「悔い改め」は、神様に立ち帰ること(神様への方向転換)を意味している。

 また、天の国は神の国を意味している。マタイによる福音書はユダヤ人に向けて書かれているので、「神様」を「天」と表現している。モーセの律法には「あなたの神、主の名をみだりに唱えてはならない」(出エジプト記 20:7)と書かれているので。

 「天の国は近づいた」とは「神の国の王、メシアが来られる」ことを意味している。

・3節はイザヤの預言の成就(イザヤ40:3、参照:マラキ3:1)

・4節は預言者エリヤの姿を思い起こさせた。

・6節の「洗礼を受ける」とは、ヨハネが示すメシアを受け入れること。

・7節のファリサイ派は律法を守ることを強調した。

 サドカイ派は祭司や上流階級を代表していた。復活や未来の審判、天使の存在は認めなかった。

 両派とも民衆に大きな影響力を持っていた。また、アブラハムの子孫であることを誇っていた。

 原文では「彼(ヨハネ)のバプテスマに来た」と書かれていて、メシアを受け入れていなかった。

・7節の「蝮(まむし)の子ら」とは、外側は美しいが、内側には毒があることを示している。

・9節「石」とは異邦人のことと考えられる。異邦人の救いの預言がされている。

・10節「斧が置かれている」とは、紀元70年のエルサレム陥落が近いという意味がある。

・11節 「履物を脱がせる」ことは、奴隷の仕事であった。

・11節 ヨハネは水のバプテスマを、イエス様は「聖霊と火のバプテスマ」をお授けくださる。

・聖霊を与えてくださるバプテスマとは、以下の使徒言行録2章38節に示されている。

【すると、ペトロは彼らに言った。「悔い改めなさい。めいめい、イエス・キリストの名によって洗礼を受け、罪を赦していただきなさい。そうすれば、賜物として聖霊を受けます。」】

・火のバプテスマは、審判を示し、麦ともみ殻を選別する。麦とはメシアを受け入れる者、倉とは「神の国」を示し、殻とはメシアを信じない者、消えない火で焼き尽くすとは「地獄に投げ込まれること」を示している。メシアを信じる者は聖霊によるバプテスマを受け、神の国に入ることが約束されている。

 

≪13~17節 イエス様、洗礼を受ける≫

・ヨハネは罪の赦しを得させるために悔い改めのバプテスマを授けていた(ルカ3:3)

・13節 イエス様がガリラヤからヨルダン川のヨハネのところに来られた。

・14節 ヨハネはイエス様には洗礼が必要ないと主張したが、「正しいこと」を実行するため、 イエス様は洗礼を受けることを止めないでほしいと言われた。 

 「正しいこと」とはモーセの律法、旧約聖書の預言に従うことを示している。ヨハネが宣べ伝えている神の国の福音に同意することを示している。

・15節 イエス様は罪のある者のようになってくださって、私たちに「神様からの義(正し

 さ)」を与えてくださった。

【コリントの信徒への手紙二 5章 21節

罪と何のかかわりもない方を、神はわたしたちのために罪となさいました。わたしたちはその方によって神の義を得ることができたのです。】

16節 イエス様が洗礼を受けられると、「天がイエス様に向かって開いた」とは、神様が直接、語りかけられたと考えられる。

ここでは、三位一体の神が示されている。悟りでもなく、努力でもなく、啓示である。

17節「これはわたしの愛する子、わたしの心に適(かな)う者」は、マラキ書以降、新約聖書において最初の神様の声である。後には、マタイ17:5とヨハネ12:28

*子なる神であるイエス様

*鳩の姿をとって下った聖霊

「神の霊が水の面を動いていた」(創世記1:2)とは、鳥がひなを包み込むように動くという原語が使われているとのことなので、また、ラビ文書(律法学者によって書かれた書物)では、その鳥を鳩とされている。ユダヤ人に理解できるように描かれている。

 

☆マタイによる福音書3章では、父なる神、子なる神、聖霊なる神があらわれてくださった。

 

【感想】

・2節で「神」という言葉を使わずに「天」という言葉で置き換えているということは普段読んでいて全く気づいていなかったので新しい発見だった。

・7節でファリサイ派やサドカイ派の人たちは、日本語通り洗礼を受けにきたのだと思っていたが、原文にあたると、洗礼の様子を見に来たと解釈する方が自然だというのは、自分で読んでいるだけでは分からないことなので、今回知ることができてよかった。


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